心眼の書

ここでは、心眼の書がどのようなもので依頼者に何を提供できるのか、心眼の書が誕生した経緯、そのお申し込み方法をお伝えします。

依頼者の魂を表現する”心眼の書”

一般的な書道とは、正しい形を真似て日々練習を重ねながら自分のスタイルを模索するものです。ですから僕の書は、みなさんが想像する「書道」とはまた少し違ったものかもしれません。

心眼の書は、僕の個人的な好みや技術を反映した作品ではなく、依頼者の内なる魂を現したものです。

依頼者と対面し時間と空間を共有して書きあげるものです。

何枚も書いた中から選んだ一枚を販売する、という形ではありません。依頼者にお逢いして、目の前で墨をするところから作品作りがはじまります。

よく、毎日書を書いているのですかと聞かれますが、そんな僕ですから、書を上手に正しく書くことが必要だとは思っていません。お手本を真似たり、といった練習はしたことがないし、これからもしないと思います。

暮らしの中で美しいものにふれ、早朝には庭の草抜きをし、美味しいものを食べ、友人と台湾茶を楽しみ、自分の暮らしを整えて、妻のかなさんと人生や人や食べることや遊ぶことについてたくさん話し、フレンチブルドッグの師父(シーフー)にならって、心のままに暮らすことを一番大切にしています。

自分自分が、スッと通った一本の筒であることが、僕の書には必要なことだと思うからです。依頼者の魂を現すには、まず自分自身が自分の人生をまっすぐに楽しみ、今ここに在ることが一番大切なのです。

依頼者とともに生み出す書

もともと僕は、書道教室に行って毎日練習して名のある会に参加して推薦をもらって・・といった方法で筆と和紙に親しんだわけではありません。

ある日、友人に借りた書道セットで路上に座り書きはじめたのです。お代はお心任せの投げ銭です。そのころから僕は、自分の書いた書を自分の作品ではなく、依頼者が僕をとおして表現した共同作品なんだ、という思いをもっていました。

そうして書を書き始めてから、さまざまな方との出逢いがありました。そのうち講演のご依頼が増えるようになり、おもいもかけなかったような場所にお招きいただくことも増えました。

これまでのべ5万人近くの方々に作品を書く中で、僕の書をTシャツや会社のロゴとしてご依頼いただいた方が、大きな勝利や成功を報告してくださることがよくありました。

その嬉しいご報告を聞くたびに、やはり僕の書は僕だけの作品ではなく、依頼してくださった方のものなんだ、そう思ったものです。

僕は表現する役割ではあるけれど、書に飛躍のパワーや安らぎの力を与えるのは、依頼してくださったその方ご自身なんだと思っています。

→ 会社ロゴや番組題字、個人の名刺などの御名前書きのご依頼はこちらです。

無一文からはじめた3か月の遍路と梵字

台湾在住中の2016年(9月28日〜12月28日)、僕は3か月かけて遍路旅に出発しました。

四国八十八箇所霊場1300kmを歩いて巡り、各境内で墨をすり、そのお寺の梵字を「書」としました。毎日朝の5時に起きて、ただただ歩きました。このころ僕は台湾ではじめた会社の方向性やこれからの生き方について、かなさんとともに迷っていたころでした。

朝五時に起きて歩き、境内で墨をすって書を書くうちに、僕にとって大切なことは「何をするかではなく今この瞬間にどう在るか」なのだということが分かってきました。

このお遍路は、無一文からスタートし、歩き終えるのに3ヶ月間かかりました。

頑張ることや苦行、楽しみや喜び、そんなすべてが貴重な経験でした。対極を味わってこそ自分を深く知ることができる。その両方を経験した今、はっきり分かったことがあります。

それは、喜びと苦しみ、どちらを味わいたいのかを自分が選択するだけなんだということでした。

すべて、自分が望んで選択し続けている。その結果だということです。

歩き遍路の途中、ご縁があった方々にも梵字を書かせていただきました。どの方も、生まれた年の干支によって、梵字があります。

同じ梵字であっても、人によって違うものとなりました。その梵字を見ながらお話をすると、さまざまなことが分かってくるのです。

漢字やひらがなでの書は、パッと見て意味が分かります。そのメッセージは、その時のその方のためのものです。

ですが梵字は、見てすぐ意味が分かるというものではなく、それゆえに映し鏡となってくれます。この書であれば、きっとこれからも長い間、その方を支えてくれる。やり方ではなく、在り方を伝えてくれる、そう感じました。

こうして僕は、梵字による書を書きはじめました。

墨をすって書を書くだけでなく、じっくりと時間をとってその方の在り方を探り、僕の書いた梵字から気づきを得るためのコツもお伝えしています。

 

心眼の書に関するQ&A

 

なぜ梵字を使うのか?

梵字は古代インドのサンスクリット語を漢字による音訳したもので、普段使っている漢字のように私たち日本人が見てその文字から意味がわかるものではありません。普段使っている漢字のように見て意味がわかればその意味にとらわれてしまうし、それ以上に考えない。そして新しい考えが湧き上がってこない。逆に、梵字のように見て意味がわからなければ”その時に何かを感じ、考えることが出来る”と思い、あえてその文字そのものの意味がわからない梵字を使う事に。

梵字以外の文字や絵は書いてもらえませんか?

心眼の書は、梵字の書となります。御名前や会社ロゴ、墨によるアートをご希望の方はこちらのページをご覧ください。

 → 御名前・ロゴ・墨アートのページへ(新しいページが開きます)

梵字はどうやって決めるの?

生まれた干支によって守護尊があります。例えばひつじ年なら大日如来の梵字を書き下ろします。大日如来と依頼者を一体化させ依頼者の為だけの大日如来を書き下ろします。そのとき僕はただただ左手(僕は両手を使って書を書きますが、書き下ろす際には左手で書きます)を観ているだけ。大日如来と依頼者が僕を使い表現するような感覚です。

 

心眼の書 詳細とお申込み方法

所要時間:約2時間

場所:淡路島のてらきちオフィス(場所はお申込み確定後お知らせいたします)
それ以外の場所の場合、交通費、宿泊費が別途必要です。

●心眼の書 色紙大 サイズ  33cm×24cm

●心眼の書 パネル大 サイズ  88cm×88cm

●ご希望の特注サイズ
要相談

・ご依頼人を目の前にして墨から摩り下ろしますので必ずご本人がお越しください。

お問い合わせ・ご依頼は↓下記メールにて

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